否、それ、当たりだ・・・。
ああああああ・・・。
折角の土日が。
ドラクエIXの所為で泡と消えた・・・。
今のところ、20時間一寸プレイしているようだ。
買って二日目で。
つまり起きてる間は殆どドラクエをプレイしている、というスンポーか。
昨日の夜に買ってきて、取り敢えずちょっくらやってみっか、と始めて、気付いたら外がチュンチュンいってやがる。
それから一寸寝て、起きて細かい用事を済ませた後すぐやり始めて、そのまま今に至るという訳だ。
而も大して進んでないし。
未だやり続けなければならない。
買うんじゃなかった。
イヤ、面白いんだけど。
寧ろ面白いからダメなんだ!
私のように普段はゲームを殆どやらない人間は、切り上げ時が掴めなくて不可ない。
あとそれと。
私のはDS liteなんだけど、無線LANの通信データ暗号化がWEPしか使えなくて困る。
単にDSを繋ぐだけならまあ別にいいっちゃあいいんだけど、その設定でほかのPCの無線LANも繋ぐので、余りよろしくない。
DSiでも買うかね。
私は殆どゲームをしないので、その為に新しく買うのは勿体無い気もするけど・・・。
てゆうかそもそもDSiはWPAとか他の方法は採れるのかね。
2009年07月13日
ドラ喰えないん?
posted by Ludwig D. Omen at 04:09
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2009年07月11日
CrunchBang Linux
時間が無くて、Sonar未だ入れず。
明日明日。
UbuntuベースだけどUbuntuより軽量という話のCrunchBang Linuxを試してみる。
使えることが解れば、Netbookに入れて楽しもうかと。
速いかどうかは自分で比べた訳じゃないのでまあ兎も角として、デスクトップの見た目が洗練されている点が気に入った。
UbuntuのGNOMEのモッサイ感じが無くてよろしい。
GNOMEは良くない。あれは良くない。
特にUbuntuのデフォルトのテーマは。
そういう訳で私のAspire Oneに入れてるUbuntuにはMac4Linを入れてMac風にしてる。
取り敢えずVirtual Boxに入れて様子を見る。
EvolutionやOpenOfficeなどがデフォルトでインストールされないのが素敵。
私はEvolutionもOpenOfficeも使わないしな。
私は使わないアプリケーションがデフォルトで入ってしまうのは余り好きではない。
できればインストール時に導入するパッケージを選択できたらいいのだけど、Ubuntuのポリシーからすると、パッケージ選択の項目を外してより簡単にインストールできるようにするのが正着なんだろう。
CrunchBangのLite Editionなら更にデフォルトでインストールされるものが少なくてハッピーだ。
でも日本語化が為されてないので、多少使い難いかも。
Ubuntuのリポジトリがそのまま使えるので、Ubuntu Japanese Teamのを引っ張ってくれば、使用する各アプリケーションは問題無く日本語化できそうだが、メインのCrunchBang独自の(?)UIは頑張らないと日本語化できなさそう。
まあ大した問題じゃないかね。
あと各種設定だけど、GUIからでなくて設定ファイルを直接触らせることが多いみたいで、それが一寸メンドいかも。
GNOME風の操作感が念頭にあると、使い難く感じるかも知れない。
が、まあこの辺は慣れだろう。
まあそんな感じで、結局Netbookに入れるのは取り敢えず、今は未だその機ではない、と感じた。
私がもう一寸ちゃんと使って色々CrunchBang Linuxのことを理解すれば、或は。
明日明日。
UbuntuベースだけどUbuntuより軽量という話のCrunchBang Linuxを試してみる。
使えることが解れば、Netbookに入れて楽しもうかと。
速いかどうかは自分で比べた訳じゃないのでまあ兎も角として、デスクトップの見た目が洗練されている点が気に入った。
UbuntuのGNOMEのモッサイ感じが無くてよろしい。
GNOMEは良くない。あれは良くない。
特にUbuntuのデフォルトのテーマは。
そういう訳で私のAspire Oneに入れてるUbuntuにはMac4Linを入れてMac風にしてる。
取り敢えずVirtual Boxに入れて様子を見る。
EvolutionやOpenOfficeなどがデフォルトでインストールされないのが素敵。
私はEvolutionもOpenOfficeも使わないしな。
私は使わないアプリケーションがデフォルトで入ってしまうのは余り好きではない。
できればインストール時に導入するパッケージを選択できたらいいのだけど、Ubuntuのポリシーからすると、パッケージ選択の項目を外してより簡単にインストールできるようにするのが正着なんだろう。
CrunchBangのLite Editionなら更にデフォルトでインストールされるものが少なくてハッピーだ。
でも日本語化が為されてないので、多少使い難いかも。
Ubuntuのリポジトリがそのまま使えるので、Ubuntu Japanese Teamのを引っ張ってくれば、使用する各アプリケーションは問題無く日本語化できそうだが、メインのCrunchBang独自の(?)UIは頑張らないと日本語化できなさそう。
まあ大した問題じゃないかね。
あと各種設定だけど、GUIからでなくて設定ファイルを直接触らせることが多いみたいで、それが一寸メンドいかも。
GNOME風の操作感が念頭にあると、使い難く感じるかも知れない。
が、まあこの辺は慣れだろう。
まあそんな感じで、結局Netbookに入れるのは取り敢えず、今は未だその機ではない、と感じた。
私がもう一寸ちゃんと使って色々CrunchBang Linuxのことを理解すれば、或は。
posted by Ludwig D. Omen at 02:02
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2009年07月09日
Sonarアップグレード
やっとSonarを8にアップグレードする手筈が整う。
でもまあ実際にアップグレードするのは明日にしよう・・・。
D-Proが魅力的。
SonarがMacでも使えるようになったらなあ・・・。
Logic Expressでも買うかね。
一応Ableton Liveがあるので、まあ殆どのことはできるんだけど。
まあそんな感じで。
でもまあ実際にアップグレードするのは明日にしよう・・・。
D-Proが魅力的。
SonarがMacでも使えるようになったらなあ・・・。
Logic Expressでも買うかね。
一応Ableton Liveがあるので、まあ殆どのことはできるんだけど。
まあそんな感じで。
posted by Ludwig D. Omen at 23:17
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2009年07月08日
早寝
11時までに寝る計画は今日も成らず。
もう何年も成らぬまま。
然し今日は、いつもよりは早く寝られそう。
まあ普段は空が白んでからだからなあ・・・。
そりゃ体のあちこちが痛くなってくる訳だ。
おかしいと思ったんだ。
もう何年も成らぬまま。
然し今日は、いつもよりは早く寝られそう。
まあ普段は空が白んでからだからなあ・・・。
そりゃ体のあちこちが痛くなってくる訳だ。
おかしいと思ったんだ。
posted by Ludwig D. Omen at 23:01
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「彼或は彼女」
三人称単数/複数の無性を意味する、或は性別を特定しない様な、新しい言葉が欲しい。
英語の「they」の日本語版プラスその単数形のようなものが。
毎度「彼或は彼女」とか「彼等或は彼女等」と書くのは面倒だし音韻的に美しくない。
三人称として長過ぎるし、場合によっては性別の概念が強調され過ぎて使い難い。
私はそれを嫌って大体「その人」とか「そういう人達」というふうに書いてお茶を濁すけれど、できれば一単語で済ませたい。
「彼」の古典的使用みたいなのができればいいのだけれど。
「彼」の字には、例えば「彼の」と書いて「かの」と読むときのように、男とも女ともつかない、或は人物とも生物とも無生物ともつかない使われ方がある。
「例の」とか「件の」みたいな感じの意味だ。
或は英語の「he」とは違い、日本語の「彼」には三人称単数男性を意味する場合と単なる三人称単数を意味する場合がある。
実際「彼」と書いて「或特定の女性」を指すことも日本語では、少々文体が古臭くはなるだろうが、まあ可能だ。
然し文脈によっては三人称単数男性なのか単なる三人称単数なのかどちらかハッキリしない場合もあるにはある。
或は「其」を使うという手もあるが、古臭い上にかなり仰々しい。
場合によっては不遜が過ぎるかも知れないし、二人称的な意味合いが暗示される場合があったりして使い難そう。
そこで、だ。
単なる三人称単数を「彼」にして、三人称単数女性を「彼女」、で、三人称単数男性を「彼男」(「かのだん」或は「かのお」?)にしたらどうだろう。
そう決めてしまって流行らせるんだ。
「彼或は彼女」を一語で表す新しい語を創って流行らせるより、三人称単数男性を今まで使っていたもののアナロジーから創ってしまった方が、変化がより少なくて済みそうな気がするので、受け入れられ易いような気がする。
因みに「彼男」の部分を、より変化を少なくする為に「彼氏」にするという手もあるが、それだとボーイフレンドを意味する印象が強過ぎるかも知れない。
普通は「彼」を使って、性別を強調する場合にのみ、後ろに「男」だの「女」だのを付けるのだ。
これが浸透して呉れると大分文章が書き易くなるのだけれど・・・。
こうすれば世の大体の男女だけでなく、男とも女とも決められたくないと思っている人やオルタナティブな性の在り方にコミットしている人にも受け入れ易いんじゃないかと思う。
こういうことは「he or she」という表現が輸入されたときにやるべきことだったんだろうけど。
生まれるのが遅過ぎてすいません。
「he or she」的表現は、不当に弱い女性の立場の改善を標榜するフェミニズム運動から出てきたという割には、やっぱ無駄に「男と女」という性の区別を強調し過ぎたと思うんだ。
もっと不条理に弱い立場ってのもあるだろう。
「he」或は「she」と言われることに満足を覚える人にはそれでいいのだけれど、一つには、「he」とも「she」とも言われたくないような人やどちらかであることに頓着したくないような人に、「he」なのか「she」なのか、どちらかでないと不可ないと、それが男だろうが女だろうがどっちでもいいようなときにさえも、無駄に強いるということも、まああるだろう。
私自身は、それまで「he」で済まされていたものが「he or she」になったところで女性の立場の改善になるかどうかは疑わしいと思うし、まあ上のようなこともあって、「he or she」ではなくて新しい三人称単数の無性形の単語を創ってそっちをプッシュすればよかったのにと思う。「Ms.」みたいな感じで。
今からじゃもう遅いかね。
男か女のどちらかでなければならないという話について言うと、まあ確かに、今の社会の在り方では、どっちかでなければ困る或はそれを困らなくする為には社会の在り方をかなり大幅に変更しなければならなくなるという場面もあるだろうけど、殆どの場面では、社会は、基本的にはどっちでもいい或はどらでもなくてもいいようになる方向へ進んだ方が好ましいと、私は思う。
男性であることの誇りとか女性であることの誇りのようなもの、或は男性らしさとか女性らしさのようなものは、私はあったっていいと思うけど、それは、それが性を異にする者を性が違うというだけで見下したり差別するようなことにならない限りにおいてであるし、或は「男性らしく」ない男性や「女性らしく」ない女性或は性別を固定しない在り方を「男性らしい」男性や「女性らしい」女性の在り方から見たときにそれらが不当に見下されたりしない限りにおいてである。
こういう「差別が無くなれば」的な理想は、実現しようとすると本当に難しいものなのだろう。
而も下手をすると自分自身が差別をする側に回っているかも知れないのだ。
こええ。
色々と不断の努力が求められる訳だ。
未だに労働における馬鹿げた性差別の無くならないのを見てもその難しさが解るかも知れない。
或はそれが性産業だというだけでそれが性差別の原因となっているとか或は酷い場合には穢らわしいなどと本気で考えている職業差別主義者の呆れる程大勢いるのを見てもいいし、精神科の病院が新しく建つ地域で起こる糞みたいに差別主義的な趣旨の吐き気のする住民運動を見てもいいだろう。
オウケイ、ここまで私は大丈夫だろうか。
英語の「they」の日本語版プラスその単数形のようなものが。
毎度「彼或は彼女」とか「彼等或は彼女等」と書くのは面倒だし音韻的に美しくない。
三人称として長過ぎるし、場合によっては性別の概念が強調され過ぎて使い難い。
私はそれを嫌って大体「その人」とか「そういう人達」というふうに書いてお茶を濁すけれど、できれば一単語で済ませたい。
「彼」の古典的使用みたいなのができればいいのだけれど。
「彼」の字には、例えば「彼の」と書いて「かの」と読むときのように、男とも女ともつかない、或は人物とも生物とも無生物ともつかない使われ方がある。
「例の」とか「件の」みたいな感じの意味だ。
或は英語の「he」とは違い、日本語の「彼」には三人称単数男性を意味する場合と単なる三人称単数を意味する場合がある。
実際「彼」と書いて「或特定の女性」を指すことも日本語では、少々文体が古臭くはなるだろうが、まあ可能だ。
然し文脈によっては三人称単数男性なのか単なる三人称単数なのかどちらかハッキリしない場合もあるにはある。
或は「其」を使うという手もあるが、古臭い上にかなり仰々しい。
場合によっては不遜が過ぎるかも知れないし、二人称的な意味合いが暗示される場合があったりして使い難そう。
そこで、だ。
単なる三人称単数を「彼」にして、三人称単数女性を「彼女」、で、三人称単数男性を「彼男」(「かのだん」或は「かのお」?)にしたらどうだろう。
そう決めてしまって流行らせるんだ。
「彼或は彼女」を一語で表す新しい語を創って流行らせるより、三人称単数男性を今まで使っていたもののアナロジーから創ってしまった方が、変化がより少なくて済みそうな気がするので、受け入れられ易いような気がする。
因みに「彼男」の部分を、より変化を少なくする為に「彼氏」にするという手もあるが、それだとボーイフレンドを意味する印象が強過ぎるかも知れない。
普通は「彼」を使って、性別を強調する場合にのみ、後ろに「男」だの「女」だのを付けるのだ。
これが浸透して呉れると大分文章が書き易くなるのだけれど・・・。
こうすれば世の大体の男女だけでなく、男とも女とも決められたくないと思っている人やオルタナティブな性の在り方にコミットしている人にも受け入れ易いんじゃないかと思う。
こういうことは「he or she」という表現が輸入されたときにやるべきことだったんだろうけど。
生まれるのが遅過ぎてすいません。
「he or she」的表現は、不当に弱い女性の立場の改善を標榜するフェミニズム運動から出てきたという割には、やっぱ無駄に「男と女」という性の区別を強調し過ぎたと思うんだ。
もっと不条理に弱い立場ってのもあるだろう。
「he」或は「she」と言われることに満足を覚える人にはそれでいいのだけれど、一つには、「he」とも「she」とも言われたくないような人やどちらかであることに頓着したくないような人に、「he」なのか「she」なのか、どちらかでないと不可ないと、それが男だろうが女だろうがどっちでもいいようなときにさえも、無駄に強いるということも、まああるだろう。
私自身は、それまで「he」で済まされていたものが「he or she」になったところで女性の立場の改善になるかどうかは疑わしいと思うし、まあ上のようなこともあって、「he or she」ではなくて新しい三人称単数の無性形の単語を創ってそっちをプッシュすればよかったのにと思う。「Ms.」みたいな感じで。
今からじゃもう遅いかね。
男か女のどちらかでなければならないという話について言うと、まあ確かに、今の社会の在り方では、どっちかでなければ困る或はそれを困らなくする為には社会の在り方をかなり大幅に変更しなければならなくなるという場面もあるだろうけど、殆どの場面では、社会は、基本的にはどっちでもいい或はどらでもなくてもいいようになる方向へ進んだ方が好ましいと、私は思う。
男性であることの誇りとか女性であることの誇りのようなもの、或は男性らしさとか女性らしさのようなものは、私はあったっていいと思うけど、それは、それが性を異にする者を性が違うというだけで見下したり差別するようなことにならない限りにおいてであるし、或は「男性らしく」ない男性や「女性らしく」ない女性或は性別を固定しない在り方を「男性らしい」男性や「女性らしい」女性の在り方から見たときにそれらが不当に見下されたりしない限りにおいてである。
こういう「差別が無くなれば」的な理想は、実現しようとすると本当に難しいものなのだろう。
而も下手をすると自分自身が差別をする側に回っているかも知れないのだ。
こええ。
色々と不断の努力が求められる訳だ。
未だに労働における馬鹿げた性差別の無くならないのを見てもその難しさが解るかも知れない。
或はそれが性産業だというだけでそれが性差別の原因となっているとか或は酷い場合には穢らわしいなどと本気で考えている職業差別主義者の呆れる程大勢いるのを見てもいいし、精神科の病院が新しく建つ地域で起こる糞みたいに差別主義的な趣旨の吐き気のする住民運動を見てもいいだろう。
オウケイ、ここまで私は大丈夫だろうか。
posted by Ludwig D. Omen at 02:14
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2009年07月07日
諦観
今は昔。
「諦観」という言葉が好きだった。
その言葉を以てすれば、多くのものを外化できるような錯覚を持つことができる。
生活の外から自分の生活を眺めることができる気分になれる。
不干渉の観察者の気分が味わえるのだ。
それは心地好いことだ。
今は糞喰らえと思っている。
腕に絡まった蜘蛛の糸を嫌うように自分から諦観じみたものをはたき落そうとしている。
まあ性分が極端な所為もあるだろう。
或は諦観に立つことが許される程には、私は未だヨボヨボではないのだろう。
諦念の場所は、今は概ね未来への不安が占めている。
「諦観」という言葉が好きだった。
その言葉を以てすれば、多くのものを外化できるような錯覚を持つことができる。
生活の外から自分の生活を眺めることができる気分になれる。
不干渉の観察者の気分が味わえるのだ。
それは心地好いことだ。
今は糞喰らえと思っている。
腕に絡まった蜘蛛の糸を嫌うように自分から諦観じみたものをはたき落そうとしている。
まあ性分が極端な所為もあるだろう。
或は諦観に立つことが許される程には、私は未だヨボヨボではないのだろう。
諦念の場所は、今は概ね未来への不安が占めている。
posted by Ludwig D. Omen at 04:36
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2009年07月06日
偽高杉晋作
部屋に入ると空気が悪い。
「空気」というのは、雰囲気という意味の方ではなくて、字義通りの空気だ。
部屋の中の気体の総称の方だ。
どう悪いのかはハッキリとは判らないのだが、兎に角悪いように感じる。
何か意識的に感じられるような嫌な臭いがする訳はない。
澱んでいるのだ。
サーキュレーターを回しているにも拘わらず。
部屋に入った途端、イヤーな感じがする。
こういう部屋の空気が、霊の出易いとか霊の溜まるとか謂われる空気なんじゃないだろうか。
稲川潤二とかの話に出てくる、アレ。
稲川潤二的なイヤーな感じというのは、視覚的な要素もさることながら、空気中に含まれる酸素の量とか何らかの化学物質とか、そいういう何かが影響しているんじゃないかね。
ああ、幽霊とか妖怪とかが、それらが存在すると考えている人達が考えているような仕方で存在するのなら、或は我々が普段使っている「存在」という言葉の使用を殆ど拡張しない形で「それらは存在している」と言えるのなら、つまり大森荘蔵的でない意味でそれらが存在するのなら、世の中はもう少し面白かっただろうに。
おもしろきこともなき世はおもしろくなし。
そういや高杉晋作(だっけ?)の「おもしろきこともなき世をおもしろく」ってのは、おもしろい何かを創造して世をおもしろくしてやろうということなのか、或はおもしろいおもしろくないは心の持ち様ということなのか、実際のところ、どっちなんだろう。
前者なら面白いが後者ならホントつまんねえ。
「空気」というのは、雰囲気という意味の方ではなくて、字義通りの空気だ。
部屋の中の気体の総称の方だ。
どう悪いのかはハッキリとは判らないのだが、兎に角悪いように感じる。
何か意識的に感じられるような嫌な臭いがする訳はない。
澱んでいるのだ。
サーキュレーターを回しているにも拘わらず。
部屋に入った途端、イヤーな感じがする。
こういう部屋の空気が、霊の出易いとか霊の溜まるとか謂われる空気なんじゃないだろうか。
稲川潤二とかの話に出てくる、アレ。
稲川潤二的なイヤーな感じというのは、視覚的な要素もさることながら、空気中に含まれる酸素の量とか何らかの化学物質とか、そいういう何かが影響しているんじゃないかね。
ああ、幽霊とか妖怪とかが、それらが存在すると考えている人達が考えているような仕方で存在するのなら、或は我々が普段使っている「存在」という言葉の使用を殆ど拡張しない形で「それらは存在している」と言えるのなら、つまり大森荘蔵的でない意味でそれらが存在するのなら、世の中はもう少し面白かっただろうに。
おもしろきこともなき世はおもしろくなし。
そういや高杉晋作(だっけ?)の「おもしろきこともなき世をおもしろく」ってのは、おもしろい何かを創造して世をおもしろくしてやろうということなのか、或はおもしろいおもしろくないは心の持ち様ということなのか、実際のところ、どっちなんだろう。
前者なら面白いが後者ならホントつまんねえ。
posted by Ludwig D. Omen at 04:59
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| 日記、雑記
2009年07月04日
茶の味
イマイチ茶の味が安定しない。
温度とか茶葉の量とかを色々調節してみてはいるのだが、これといった指針を見出すには至らず。
或はもっとほかの要素を考慮すべきなのかね。
美味い茶を淹れたいんだ。
できればテキトーに淹れた感じで美味いのが淹れられたらいい。
パパッと手際良く、美味いのが淹れられたら格好良い。
実は持っている拘りとか執心とかを感じさせない、当たり前に美味い、みたいなのが好いんだ。
まあ私がそこへ至るまでには程遠い。
新しい4コマ漫画のタイトルを考えた。
「ちゃのゆ!」でどうでしょう。
「ちゃのゆっ!」でも可。
すげーくだらなさそう。
絵柄は萌え風なんだけど、内容は敢えて硬派で本格派で。
まんがタイムでなくアフタヌーン辺りで。
温度とか茶葉の量とかを色々調節してみてはいるのだが、これといった指針を見出すには至らず。
或はもっとほかの要素を考慮すべきなのかね。
美味い茶を淹れたいんだ。
できればテキトーに淹れた感じで美味いのが淹れられたらいい。
パパッと手際良く、美味いのが淹れられたら格好良い。
実は持っている拘りとか執心とかを感じさせない、当たり前に美味い、みたいなのが好いんだ。
まあ私がそこへ至るまでには程遠い。
新しい4コマ漫画のタイトルを考えた。
「ちゃのゆ!」でどうでしょう。
「ちゃのゆっ!」でも可。
すげーくだらなさそう。
絵柄は萌え風なんだけど、内容は敢えて硬派で本格派で。
まんがタイムでなくアフタヌーン辺りで。
posted by Ludwig D. Omen at 01:57
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| お茶、茶菓子
2009年07月03日
モザイクの疑問
アイドルの人等ってなんで歌うんやろう。
昔からよく疑問に思う。
ウタノチカラとかか?
カッ、そんな理由はつまらねえし、嘘臭え。
或はそれが消費者に金を落とさせる最も楽な方法なのだというのが尤もらしく思えるが、それはそれで夢が無くてつまらない。
もう一寸面白い理由を無理矢理考えたい。
実際に理由は一つではないだろうし。
そういやアイドルの人等自身は、歌いたいとか思ってるんだろうかねえ。
あと昔から疑問に思っていることといえば、ポルノで性器にモザイクをかけないと捕まる理由が知りたい。
誰か説得力のある仕方で説明できる人がいるだろうか。
なんだか能く解らないけど能く解らないまま罪だと謂われる訳だ。
そいつは酷く気持ちが悪い。
相手がポルノだと、多くの人は簡単にそれ以上考えるのを止めてしまうものだ。
ポルノは、それに罪を着せるのが簡単である存在なのだと想像されているのだ。
誰かがそいつはポルノの所為だと言えば、ああそんなもんかと、より少ない反省だけで納得してしまうのだ。
で、いつの間にか実際より多くのことに関する原因やら責任をそこに帰属させてしてしまっていて、もっとちゃんと考えなければ見えないことを見逃し、いつのまにやらウンコな法律が一丁できあがってるというお決まりの黄金パターンに嵌る訳だ。
別件逮捕し放題とか。
まあ実際に、真面目に考えていても、性的なものに関しては、誰でも言い出し難いということも大いに関係しているだろう。
団鬼六の文章が凄くちゃんとしてて驚いたと言う為には団鬼六を読まなくてはならないし、そう言うということは大凡団鬼六を読んだんだろうということになる(私は読んだ。あれは割とよいものだ。)。
そうするとアイツはエロいとか、いやらしいとか、低俗で悪趣味だとか、そんなふうに思われる可能性のあることは誰にでも想像できることだ。
然しいつも言ってるように、「低俗」とか「悪趣味」に思えることと規制したり取り締まるべきものとはちゃんと区別すべきだ。
ポルノとして売られているものに関して、モザイクで性器を隠すことに何か意味あんのか?
例えばモザイク無しなら誰かの権利を著しく侵害するとかという理由ではないだろう。
例えば昔でいう吉原みたいに、借金のカタにポルノに出演させられるみたいな話があって、出演させられる人はそれを人生の汚点とまで考えるというようなことがあったとしたら、それはそういう悲惨が起こりうる状況にあるポルノ業界自体の問題で、例えばそのことをモザイクがあったり無かったりすることと関連付けて考えるのは難しい。
或はモザイクを付けたらかといって、そういう悲惨の起こる可能性を低く保てるなんてことは考え難いし、ましてやモザイクを付けただけそれが公正なものと見なされ、公正と見なされるということから、そういう悲惨が起こり得るということから目を逸らしていいということを導くことが許されるなんてことにはならない。
我々が目を向けるべき悲惨は人間の悲惨だ。
心を持っていたり、人間同士のつながりの中に生まれてそこで生活したりする我々「人間」の悲惨だ。
児童ポルノの場合はその児童の悲惨についてもっとちゃんと考えないと不可ない。
例えばロリのエロ漫画を禁止することが本当に児童の悲惨を避けるのに役に立つのかといったことが考えられなければならない。
ちゃんと考えるなければならないのであって、単なる印象だけで、学術的考察や統計的データも何も無しで規制を要求するべきではない、という点で日本ユニセフ協会等の主張は端的に間違っている。
土俵にすら上がっていないのだ。
或はエロ漫画を規制することで児童の悲惨が増えることだって考えられる訳だし、そのよりそれらしい理由も幾つも考えられている訳だ。
勿論、関係無いということもあり得る。
我々は例えばポルノの出演者を、ポルノ出演者であるというだけで不当にも見下したり蔑ろにしては不可ない。
或はホモセクシャルや幼児性愛のような、性的に「特殊」な人を或個人が気持ち悪いと感じるだけなら、それは大体の場合において各人の私的な自由の範囲内だと私は思う(勿論議論の余地はある、これは難しい問題だ)が、唯それだけでそれらの人達が公的領域において見下されたり蔑ろにされてはならない。
特に社会や法律が、そんなことをするのは到底許されることではない。
それが性的であるからといって、考えることを止めることは、現代社会においては許されない。
話が逸れるが、表現の自由が制限されるということは、こういった間違いが犯されたときに、我々は制限された状態でこういった間違いを正す努力をしなければならなくなる。
一度制限されてしまえば、異議申し立てがより難しくなることも、表現の自由が大切であることの理由の一つとなっている。
私が自分の直接的な利害の埒外にある分野(そういや私はエロゲーとかしないなあ)の表現の自由にまで、かなりの危機感を持ってあれこれ言う理由の一つは、それが単に正しくないことであるというだけでなく、こういうことも絡んでいる。
特に性的なものは、一度制限されてしまうと回復させるのはかなり困難だと予想される。
而も今為されようとしている制限は、制限する根拠が非常に貧弱である或は間違った根拠で以て制限されようとしている訳だ。
そりゃ通らんよ。
モザイクってのは、ネットが未発達だった頃は裏モノの利権絡みかとか想像してたんだけど、最近では最早裏モノに何らかの利権が関係していることを想像するのは私には難しいし。
まあ何かあるかも知れないけど。そいうものは人目に付かない意外なところにあるものだ。
或は単に警察が別件で検挙する機会を少しでも減らされるのがイヤだとかそういうことか?
そういやスマップの草gが酔って全裸になって少々暴れたってときに家宅捜索まで入ったのは何故だろう。
薬物反応でも出た訳じゃなかろう?
そういや平野耕太の「以下略」(→Amazon
)で同人誌の倫理機構設置についての興味深い思考実験が。
昔からよく疑問に思う。
ウタノチカラとかか?
カッ、そんな理由はつまらねえし、嘘臭え。
或はそれが消費者に金を落とさせる最も楽な方法なのだというのが尤もらしく思えるが、それはそれで夢が無くてつまらない。
もう一寸面白い理由を無理矢理考えたい。
実際に理由は一つではないだろうし。
そういやアイドルの人等自身は、歌いたいとか思ってるんだろうかねえ。
あと昔から疑問に思っていることといえば、ポルノで性器にモザイクをかけないと捕まる理由が知りたい。
誰か説得力のある仕方で説明できる人がいるだろうか。
なんだか能く解らないけど能く解らないまま罪だと謂われる訳だ。
そいつは酷く気持ちが悪い。
相手がポルノだと、多くの人は簡単にそれ以上考えるのを止めてしまうものだ。
ポルノは、それに罪を着せるのが簡単である存在なのだと想像されているのだ。
誰かがそいつはポルノの所為だと言えば、ああそんなもんかと、より少ない反省だけで納得してしまうのだ。
で、いつの間にか実際より多くのことに関する原因やら責任をそこに帰属させてしてしまっていて、もっとちゃんと考えなければ見えないことを見逃し、いつのまにやらウンコな法律が一丁できあがってるというお決まりの黄金パターンに嵌る訳だ。
別件逮捕し放題とか。
まあ実際に、真面目に考えていても、性的なものに関しては、誰でも言い出し難いということも大いに関係しているだろう。
団鬼六の文章が凄くちゃんとしてて驚いたと言う為には団鬼六を読まなくてはならないし、そう言うということは大凡団鬼六を読んだんだろうということになる(私は読んだ。あれは割とよいものだ。)。
そうするとアイツはエロいとか、いやらしいとか、低俗で悪趣味だとか、そんなふうに思われる可能性のあることは誰にでも想像できることだ。
然しいつも言ってるように、「低俗」とか「悪趣味」に思えることと規制したり取り締まるべきものとはちゃんと区別すべきだ。
ポルノとして売られているものに関して、モザイクで性器を隠すことに何か意味あんのか?
例えばモザイク無しなら誰かの権利を著しく侵害するとかという理由ではないだろう。
例えば昔でいう吉原みたいに、借金のカタにポルノに出演させられるみたいな話があって、出演させられる人はそれを人生の汚点とまで考えるというようなことがあったとしたら、それはそういう悲惨が起こりうる状況にあるポルノ業界自体の問題で、例えばそのことをモザイクがあったり無かったりすることと関連付けて考えるのは難しい。
或はモザイクを付けたらかといって、そういう悲惨の起こる可能性を低く保てるなんてことは考え難いし、ましてやモザイクを付けただけそれが公正なものと見なされ、公正と見なされるということから、そういう悲惨が起こり得るということから目を逸らしていいということを導くことが許されるなんてことにはならない。
我々が目を向けるべき悲惨は人間の悲惨だ。
心を持っていたり、人間同士のつながりの中に生まれてそこで生活したりする我々「人間」の悲惨だ。
児童ポルノの場合はその児童の悲惨についてもっとちゃんと考えないと不可ない。
例えばロリのエロ漫画を禁止することが本当に児童の悲惨を避けるのに役に立つのかといったことが考えられなければならない。
ちゃんと考えるなければならないのであって、単なる印象だけで、学術的考察や統計的データも何も無しで規制を要求するべきではない、という点で日本ユニセフ協会等の主張は端的に間違っている。
土俵にすら上がっていないのだ。
或はエロ漫画を規制することで児童の悲惨が増えることだって考えられる訳だし、そのよりそれらしい理由も幾つも考えられている訳だ。
勿論、関係無いということもあり得る。
我々は例えばポルノの出演者を、ポルノ出演者であるというだけで不当にも見下したり蔑ろにしては不可ない。
或はホモセクシャルや幼児性愛のような、性的に「特殊」な人を或個人が気持ち悪いと感じるだけなら、それは大体の場合において各人の私的な自由の範囲内だと私は思う(勿論議論の余地はある、これは難しい問題だ)が、唯それだけでそれらの人達が公的領域において見下されたり蔑ろにされてはならない。
特に社会や法律が、そんなことをするのは到底許されることではない。
それが性的であるからといって、考えることを止めることは、現代社会においては許されない。
話が逸れるが、表現の自由が制限されるということは、こういった間違いが犯されたときに、我々は制限された状態でこういった間違いを正す努力をしなければならなくなる。
一度制限されてしまえば、異議申し立てがより難しくなることも、表現の自由が大切であることの理由の一つとなっている。
私が自分の直接的な利害の埒外にある分野(そういや私はエロゲーとかしないなあ)の表現の自由にまで、かなりの危機感を持ってあれこれ言う理由の一つは、それが単に正しくないことであるというだけでなく、こういうことも絡んでいる。
特に性的なものは、一度制限されてしまうと回復させるのはかなり困難だと予想される。
而も今為されようとしている制限は、制限する根拠が非常に貧弱である或は間違った根拠で以て制限されようとしている訳だ。
そりゃ通らんよ。
モザイクってのは、ネットが未発達だった頃は裏モノの利権絡みかとか想像してたんだけど、最近では最早裏モノに何らかの利権が関係していることを想像するのは私には難しいし。
まあ何かあるかも知れないけど。そいうものは人目に付かない意外なところにあるものだ。
或は単に警察が別件で検挙する機会を少しでも減らされるのがイヤだとかそういうことか?
そういやスマップの草gが酔って全裸になって少々暴れたってときに家宅捜索まで入ったのは何故だろう。
薬物反応でも出た訳じゃなかろう?
そういや平野耕太の「以下略」(→Amazon
posted by Ludwig D. Omen at 01:44
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| 日記、雑記
2009年07月02日
Netbookのwebブラウザ
最近メインマシンのWindows機、調子が悪い。
まあUSB機器を繋ぎ過ぎて電力が足らんとか、まあそんな感じかも知れないけど。
Dellのなんだけど。
Dellの一般向けのはなあ、なんかなあ。
今度デスクトップPCを買うときは自作にしよう・・・。
FireWireにはTI製のチップを使うとか、そういうのが選べるのがハッピーだ。
でも自作の方が最近じゃよっぽど高くつくのよね。
早ければWindows7が出た頃ぐらいに新調しようかね。
それまでにAppleがNetbookっぽいものを出さないことを祈ったり祈らなかったり。
でもNetbookはまあ大体、Linuxでいい気がする。
イザとなればwineもあることだし。
まあ安くて軽くて、gedit程度のテキストエディタとFirefoxさえ動いてくれれば、私としてはそれで。
Netbookの非力さでは、webブラウザはもう少し軽いのを走らせてもいい。
Safariとかか?
爆速のChromeがLinuxに正式に対応してくれれば最強かね。
或は最強になるにはFirefoxで謂うアドオンみたいなのが必要か。
そういやFirefoxが3.5になったのだけど、私のお気に入りのアドオンが未だ対応してなくて。
まあもう少し待とう。
3.5はそれなりに軽くなってるそうなので、Netbookでも使い勝手が良くなっているのかも知れない。
私のお気に入りのアドオンが早く対応して呉れるとハッピーだ。
まあUSB機器を繋ぎ過ぎて電力が足らんとか、まあそんな感じかも知れないけど。
Dellのなんだけど。
Dellの一般向けのはなあ、なんかなあ。
今度デスクトップPCを買うときは自作にしよう・・・。
FireWireにはTI製のチップを使うとか、そういうのが選べるのがハッピーだ。
でも自作の方が最近じゃよっぽど高くつくのよね。
早ければWindows7が出た頃ぐらいに新調しようかね。
それまでにAppleがNetbookっぽいものを出さないことを祈ったり祈らなかったり。
でもNetbookはまあ大体、Linuxでいい気がする。
イザとなればwineもあることだし。
まあ安くて軽くて、gedit程度のテキストエディタとFirefoxさえ動いてくれれば、私としてはそれで。
Netbookの非力さでは、webブラウザはもう少し軽いのを走らせてもいい。
Safariとかか?
爆速のChromeがLinuxに正式に対応してくれれば最強かね。
或は最強になるにはFirefoxで謂うアドオンみたいなのが必要か。
そういやFirefoxが3.5になったのだけど、私のお気に入りのアドオンが未だ対応してなくて。
まあもう少し待とう。
3.5はそれなりに軽くなってるそうなので、Netbookでも使い勝手が良くなっているのかも知れない。
私のお気に入りのアドオンが早く対応して呉れるとハッピーだ。
posted by Ludwig D. Omen at 00:22
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| コンピュータ、メカ
2009年07月01日
単なるmicro blogとしてのTwitter
ずっとやろうとは思っていたけどイマイチ踏ん切りのつかなかったことを、ここ最近になって幾つか消化している。
ええこっちゃええこっちゃ。多分。
-----
私はTwitterを、今のところ、(双方向)コミュニケーションツールとしてというよりは、単なる小さなブログとして使っている。
micro blogですな。
何か思い付いたときのメモやちょっとしたライフログのような感じに使っている。
まあ思い付いたときに書けて投稿して公開できる小さな日記だ。
tmitterのお陰で、携帯メールを使って、パケ代を余り気にせずTwitterに投稿できるのは便利だ。
因みに今のところ誰もフォローしてないし、これから先フォローすることも特には考えていない。
まあリアルの友人がTwitterを始めたなら、それはそれでフォローするかも知れないけど、今のところ私のリアル友人がTwitterをしているという話は聞かない。
まあ多分私は基本的に他人の動向とかに余り興味が無いのだろう。
まあそんな感じで、Twitterの基本的な使い方から少し外れた使い方を私はしているんだと思う。
まああんまりデキた使い方とは言えないかも知れないな。
Twitterは140字に制限されているからこその魅力があるのは、まあそりゃそうなんだが、或程度ちゃんとした何かを書こうとすると、すぐに字数オーバーになって、少しもどかしく思うこともあるにはある。
まあこのもどかしさは、私がTwitterの本来的な使い方から少々外れた使い方をしていることに起因している部分もあるだろうけど。
私はTwitterに書くこととこの日記blogに書くことをそんなには厳密には区別していないのだが、じゃあもうTwitterだけでいいじゃんともTwitter要らないじゃんともならないのは、上のようなことから来てるんだろう。
ええこっちゃええこっちゃ。多分。
-----
私はTwitterを、今のところ、(双方向)コミュニケーションツールとしてというよりは、単なる小さなブログとして使っている。
micro blogですな。
何か思い付いたときのメモやちょっとしたライフログのような感じに使っている。
まあ思い付いたときに書けて投稿して公開できる小さな日記だ。
tmitterのお陰で、携帯メールを使って、パケ代を余り気にせずTwitterに投稿できるのは便利だ。
因みに今のところ誰もフォローしてないし、これから先フォローすることも特には考えていない。
まあリアルの友人がTwitterを始めたなら、それはそれでフォローするかも知れないけど、今のところ私のリアル友人がTwitterをしているという話は聞かない。
まあ多分私は基本的に他人の動向とかに余り興味が無いのだろう。
まあそんな感じで、Twitterの基本的な使い方から少し外れた使い方を私はしているんだと思う。
まああんまりデキた使い方とは言えないかも知れないな。
Twitterは140字に制限されているからこその魅力があるのは、まあそりゃそうなんだが、或程度ちゃんとした何かを書こうとすると、すぐに字数オーバーになって、少しもどかしく思うこともあるにはある。
まあこのもどかしさは、私がTwitterの本来的な使い方から少々外れた使い方をしていることに起因している部分もあるだろうけど。
私はTwitterに書くこととこの日記blogに書くことをそんなには厳密には区別していないのだが、じゃあもうTwitterだけでいいじゃんともTwitter要らないじゃんともならないのは、上のようなことから来てるんだろう。
posted by Ludwig D. Omen at 00:55
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| コンピュータ、メカ
2009年06月30日
外ウマスパゲッティモンスター
私が選挙が大切だと言うとき、私は大体の場合において、普通選挙の選挙権について言っているのだ。
或は政治参加の一形態について言っているのだ。
政治に関して我々パンピーにできることの全体について言っているのでは勿論ないし、少なくとも椅子取りゲームの外ウマに乗った気になることを言っているのでは断じてない。
これらのことは慎重に区別されてしかるべきだと思う。
選挙や政治を、即ちどっかの政党が政権を取ることだと勝手に置き換えているのを耳にすると、死にたくなる。
死ねばいいって?まあ待て待て、私の信仰している亜流(否、本当はこれが正統なのだ!)空飛ぶスパゲッティモンスター教では、自殺は御法度なのだ。多分。創造主たる空飛ぶスパゲッティモンスターの意志に反するとかじゃね?
アレだ、空飛ぶスパゲッティモンスターのミートボールの部分から最初に女が作られ、続いて女の鼻クソから男が作られたってヤツだ。
甘辛いヌルッとしたソースのかかったミートボールの半固形状の鼻クソに似ていることはこのことの有力な証拠となっている。
鼻クソを食うことに対して多くの人が抱く罪の意識は実はここからきているという訳だ。
Sinですな。ラプチャーラプチャー。まあナンプラーみたいなもんだ。
鼻クソ食ったらそのうち時が来ればスパゲッティモンスターに苅られる。食わなかったら救済。
ホラ、こんな感じで全て説明できる。
ハイこれ真理。学校で教えるように。
あとオナンって奴が自分の鼻クソをさあ・・・。
ああ、なんか面白くなってきちゃった。
私もなかなかの悪趣味だ。
まあそれは兎も角として、我々の選択肢がたった二つだなんてことはあり得ない。
このことは覚えておいて損は無いと思う。
或は政治参加の一形態について言っているのだ。
政治に関して我々パンピーにできることの全体について言っているのでは勿論ないし、少なくとも椅子取りゲームの外ウマに乗った気になることを言っているのでは断じてない。
これらのことは慎重に区別されてしかるべきだと思う。
選挙や政治を、即ちどっかの政党が政権を取ることだと勝手に置き換えているのを耳にすると、死にたくなる。
死ねばいいって?まあ待て待て、私の信仰している亜流(否、本当はこれが正統なのだ!)空飛ぶスパゲッティモンスター教では、自殺は御法度なのだ。多分。創造主たる空飛ぶスパゲッティモンスターの意志に反するとかじゃね?
アレだ、空飛ぶスパゲッティモンスターのミートボールの部分から最初に女が作られ、続いて女の鼻クソから男が作られたってヤツだ。
甘辛いヌルッとしたソースのかかったミートボールの半固形状の鼻クソに似ていることはこのことの有力な証拠となっている。
鼻クソを食うことに対して多くの人が抱く罪の意識は実はここからきているという訳だ。
Sinですな。ラプチャーラプチャー。まあナンプラーみたいなもんだ。
鼻クソ食ったらそのうち時が来ればスパゲッティモンスターに苅られる。食わなかったら救済。
ホラ、こんな感じで全て説明できる。
ハイこれ真理。学校で教えるように。
あとオナンって奴が自分の鼻クソをさあ・・・。
ああ、なんか面白くなってきちゃった。
私もなかなかの悪趣味だ。
まあそれは兎も角として、我々の選択肢がたった二つだなんてことはあり得ない。
このことは覚えておいて損は無いと思う。
posted by Ludwig D. Omen at 03:12
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| 社会、時事
2009年06月29日
茶カテキン
夏場は、沢山水分を摂ることができる。
冷蔵庫の中に入っているような飲み物でも一度に沢山飲める。
例えば牛乳と豆乳と野菜ジュースを、風呂上がりにそれぞれコップ一杯ずつ連続で飲んだって大丈夫。
冬だとそうはいかない。
健康に良いような、悪いような。
-----
ドッコイ続いている運動習慣。
然し体重と体脂肪率が何故か増える怪異。
-----
一回分には足りない微妙な量が残っていた茶が二袋出てきたので、残り全てを混ぜて淹れることにする。
すると急須に対する茶葉の量が多くなった。
まあいいやと淹れてみると、濃くて渋くて苦い、香りが飛んでて旨味も無い、地獄のような茶になった。
薬と思って飲むにしても、薬効が特には期待できそうにない。
ああ、寧ろ寝なきゃならないのに目が覚める・・・。
あ、茶カテキンか。
体脂肪率がどうのとか謂うあれか。
ヘルシアみたいなもんか。
なら許す。
冷蔵庫の中に入っているような飲み物でも一度に沢山飲める。
例えば牛乳と豆乳と野菜ジュースを、風呂上がりにそれぞれコップ一杯ずつ連続で飲んだって大丈夫。
冬だとそうはいかない。
健康に良いような、悪いような。
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ドッコイ続いている運動習慣。
然し体重と体脂肪率が何故か増える怪異。
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一回分には足りない微妙な量が残っていた茶が二袋出てきたので、残り全てを混ぜて淹れることにする。
すると急須に対する茶葉の量が多くなった。
まあいいやと淹れてみると、濃くて渋くて苦い、香りが飛んでて旨味も無い、地獄のような茶になった。
薬と思って飲むにしても、薬効が特には期待できそうにない。
ああ、寧ろ寝なきゃならないのに目が覚める・・・。
あ、茶カテキンか。
体脂肪率がどうのとか謂うあれか。
ヘルシアみたいなもんか。
なら許す。
posted by Ludwig D. Omen at 02:00
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| お茶、茶菓子
2009年06月28日
万年筆
アホなことを思い付いた。
そいつを無駄に図解する為に、無駄にペンを執る。
久し振りに万年筆を使ったらインクが切れかけだったのを忘れていた。
インクが乾きかけている・・・。
まあそれでも頑張って使うんだけど。
インクがなかなか出ないので妙なタッチになってしまった。
一度乾きかけると、なかなか回復しないからなあ。
またペン先を外して洗わないと不可ないかも。
でも面倒臭いので、洗うのは明日にでも。覚えてたら。
twitpicのアカウントを作って放ったらかしだったので、使ってみる。
ランカリーのスタンド、ペインキラッ☆の図。

メロイックサインを取り入れるなんて、ヤツは手練れのメタラーに違いない。
そのうちステージ上でハーレーに乗り出すに違いない。
ぼんやり描いてはみたが、毎度お馴染みうろ覚え。
荒木飛呂彦ってこんなんだっけ?
なんか違う・・・。
ハルフォードの顔もあんまり覚えてない。
口の周りに髭が生えていたことは確かだ。
あともっと痩せてたような。
眉毛生えてたっけ?
てゆうかこりゃムタか?
キラッ☆の構図は、なんか覚えてたので、大体合ってると思う。
今思えば或は閉じる目が逆だったかも知れない。
まあ良し。
なかなかの恥を晒したぞ。
こいつはなかなか恥かしい。
良し。
ハルフォードがペインキラーを歌いながらキラッ☆をやってるところの方が面白かったかも知れない。
トランペットよりクラリネットの方がよっぽど早く吹けるようになる予感。
そいつを無駄に図解する為に、無駄にペンを執る。
久し振りに万年筆を使ったらインクが切れかけだったのを忘れていた。
インクが乾きかけている・・・。
まあそれでも頑張って使うんだけど。
インクがなかなか出ないので妙なタッチになってしまった。
一度乾きかけると、なかなか回復しないからなあ。
またペン先を外して洗わないと不可ないかも。
でも面倒臭いので、洗うのは明日にでも。覚えてたら。
twitpicのアカウントを作って放ったらかしだったので、使ってみる。
ランカリーのスタンド、ペインキラッ☆の図。
メロイックサインを取り入れるなんて、ヤツは手練れのメタラーに違いない。
そのうちステージ上でハーレーに乗り出すに違いない。
ぼんやり描いてはみたが、毎度お馴染みうろ覚え。
荒木飛呂彦ってこんなんだっけ?
なんか違う・・・。
ハルフォードの顔もあんまり覚えてない。
口の周りに髭が生えていたことは確かだ。
あともっと痩せてたような。
眉毛生えてたっけ?
てゆうかこりゃムタか?
キラッ☆の構図は、なんか覚えてたので、大体合ってると思う。
今思えば或は閉じる目が逆だったかも知れない。
まあ良し。
なかなかの恥を晒したぞ。
こいつはなかなか恥かしい。
良し。
ハルフォードがペインキラーを歌いながらキラッ☆をやってるところの方が面白かったかも知れない。
トランペットよりクラリネットの方がよっぽど早く吹けるようになる予感。
posted by Ludwig D. Omen at 04:40
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| 日記、雑記
2009年06月27日
キングオブポップ
王が崩御なされた。
ポップの王が。
彼は、恐らく私の生まれて最初のアイドルだった。
よく真似をしたものだ。
指にテープを巻いたりして。
意外だったのは、マイケルジャクソン死亡のニュースの、ネットやテレビでの扱いの大きかったことだ。
もう忘れられた人だと思っていたのだが。
-----
まあそういう訳で、クラリネットを買ってきた。
中古ですげー安かったのだ。
木管楽器は、金管楽器に比べれば、入り口が割と入り易そう。
音はすぐ出るし。
あとは運指を覚えれば、取り敢えずどうにかなりそう。
義務教育で一応リコーダーやってるし。
或はタンポポ笛でリード楽器の原理は体感的にも或程度解ってるし。
但、ミュートが無いのが辛い。
因みに音は金管より木管の方が好きだ。
金管はチューバが好いね。
次はフルートでいくか。
或は龍笛とか、安かったらなあ。
ポップの王が。
彼は、恐らく私の生まれて最初のアイドルだった。
よく真似をしたものだ。
指にテープを巻いたりして。
意外だったのは、マイケルジャクソン死亡のニュースの、ネットやテレビでの扱いの大きかったことだ。
もう忘れられた人だと思っていたのだが。
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まあそういう訳で、クラリネットを買ってきた。
中古ですげー安かったのだ。
木管楽器は、金管楽器に比べれば、入り口が割と入り易そう。
音はすぐ出るし。
あとは運指を覚えれば、取り敢えずどうにかなりそう。
義務教育で一応リコーダーやってるし。
或はタンポポ笛でリード楽器の原理は体感的にも或程度解ってるし。
但、ミュートが無いのが辛い。
因みに音は金管より木管の方が好きだ。
金管はチューバが好いね。
次はフルートでいくか。
或は龍笛とか、安かったらなあ。
posted by Ludwig D. Omen at 02:31
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| 日記、雑記

